おかんのスチャラカ日記

奇跡的に何かをしでかす子供達。 ある意味、天才。 神の領域に達してる?
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ずっと前にも書いた記憶があるんだけど、あえてまた書く事にした。
昨日は阪神大震災があった日です。
震災から14年。
あたしは京都で震災を経験しました。
肌もピッチピチに水を弾いた頃です。
京都の震度は、5強。
地震体験ハウスで経験する震度7よりも、
本物の震度5強の方が、はるかに怖い。
体験ハウスでは、間違っても死ぬ事はないもん…。

あの日あたしは、いつもの様に爆睡をしておりました。
で、遠くの方から地鳴りの音が。

あの頃、頻繁に地震が起きていて、
あの日も、「あ、またか」みたいな感じで、
体を起こす事もなく、

「あ~、きたきた。 
 今日はいつもより少し大きいなぁ」


そう思いながら、ユラユラが収まるのを待ってた。

その瞬間。



ガン! グラグラグラ!!



突然、体を下に叩き付けられた様な感じになり、
その後、一気に激しく横揺れを始めたんです。
これが、初めて体験した縦揺れです。
縦揺れ、想像以上に怖いです。
ものすごくリラックスして、寝ころんでる時に、
突然、少し高めのベッドの足がすべて折れて、
そのまま床に落ちていった感じって想像出来る?
そんな感じ。
その後の横揺れも、かなり大きくて・・・・。
しかも、初めて体験した縦揺れで、
恐怖心が一気に出てきたところに激しい揺れやん?
もぉな、メッチャメチャ怖いで!
何て言うんだろう?
一瞬にして、『 死 』を覚悟するで。
マジで。

実際のところはわからんのやけど、
感覚的にはすごく長い間揺れていて、立つ事もできない。
いやいや、立つどころか、体が全く動かない。
でもね、人間ってすごいよ~。
とっさに手だけ延ばして、
枕元の棚の上に置いてあったラジカセを押さえて落ちて来ない様にしながら、
お布団を頭からかぶったからね。

んで、地震が終わって、ダッシュでテレビをつけて震度を確認した時、
ボー然としたね。
少し前まで撮影で行ってた神戸が映ってたんだけど、
(その頃、養成所に入っていて、エキストラの様なテレビのお仕事もしてたの。)
ウチのテレビが壊れたのか、白黒で映ってた。
しばらくして、火の手が上がっているのを見て、
テレビの故障ではない事がわかった。
それでも、どこのチャンネルにしても白黒状態の街が写っているのが不思議で。

さすがに怖くて寝てられないので、そのまま起きる事に。
朝7時台。
外に出て、自分ちの駐車場と、お隣の駐車場とで、
塀をはさみながら、「今日の地震、すごかったなぁ」なんて井戸端会議。
そしたら、目の前の竹やぶ(目の前が上り坂になった竹やぶなの)の向こうの方から、



ガザガザガザガザ



風が強い時に、竹が揺れて、葉っぱの擦れ合うとこの音がするんだけど、
その音が、向こうの方からものすごい速さで、
まるで津波の様に押し寄せてきた。
その瞬間!



グラグラグラグラ



2度目の大きな地震だった。
恐怖と揺れで立ってられなくなり、


「うわっ!!∑( ̄口 ̄|||) 」


しゃがみ込んだ瞬間、あたしの足元のコンクリに、
大きな亀裂が走った恐怖を、きっとあたしは忘れないと思う。


震災を経験した人は、きっと、小さな地震の時にも地響きがしてるのに気が付いていると思う。
あの頃みんな、枕元に着替え置いて寝たり、服着たまま寝たりしてたよね。
で、小さな地震にも敏感になって、ビクビクしすぎて睡眠不足になった友達もいた。
地震当日、その頃付き合っていた彼氏に連絡を取ろうとしたけど、
その頃は携帯なんて便利な物はなく、みんなポケベルを持っていた。
しかも、まだ文字で出てくるものが少なく、持っていたのも数字のみ。
ありがたい事に、ウチの家は停電になる事も電話が使えなくなる事もなかったんだけど、
何度かけても電話が通じず、
風のウワサで、家の電話より公衆電話の回線の方が優先になるらしいと聞き、
ダッシュで公衆電話に走り何度も電話。
それでも通じず、唯一、10回に1回くらいつながったポケベルの回線に
数字を暗号文にして打ち込み、返事を待った。
車を飛ばしていこうかと思ったけど、他の地域の状況が全く分からず、
車で出ていくのは無謀な気がして、駆けつける事も出来なかった。
後々に彼氏に聞いてみたところ、電話は3日間、電気は1週間使えなかったらしい。


あの震災以来、あたしは地響きが怖い。


小さな地震の時にでも聞こえてくる小さな地響きで、心臓はドキドキしてくる。
大型ダンプのエンジンの音が、大きな地震の時の地響きとものすごく似ていて、
(あんな音がどんどん近付いてきた後に、体が下に叩きつけられたら怖いよね)
あの音を聞くたび、心臓をギュっと握られた様な感じになり、全身に寒気が走る。
恐怖が最高潮に達する。
震災から14年。
あたしの中のトラウマは、また、終わらずに続いている。


あの震災の時、たくさんの人が亡くなった。
最近、どこかで読んだ話なんだけど、双子の子供がいるお家だったんだって。
「今日はよく揺れるな。子供、大丈夫かな?」
そう思った瞬間、すぐ横で声が聞こえた。
「ウッ」
片方の子供の上にタンスが倒れてきたらしい。
そのお子さんは、亡くなってしまった。
あたしも、あの震災以降は、寝室に家具等をまったく置いていない。
大きなタンスも、我が家には1つもない。

あの日、あたしの友達は、枕元にパソコンが飛んできたらしい。
倒れたんじゃなくて、言葉の通り、飛んできたの。
その日はたまたま、いつもと頭の位置を変えてたらしく、
いつもと同じところに寝てたら、間違いなく、直撃してただろうと言っていた。

ウチの実家は、物が倒れる事はなかったけど、
鍵の緩くなっていた窓が、勝手に開いていた。
昔からある、サッシの窓の鍵ってわかる?
天井近くから、床まであるタイプのやつ。
あれの鍵が、柔らかくなってて、簡単に回る様になってたの。
んで、縦揺れした事で、鍵が揺れ、半開きの状態になり、
さらに持ち上がった事で、半円のロックから鍵が持ち上がって外れ、
しかも、その後の横揺れで、大きなサッシが横にスライドして全開になったの。
んでね、柱の横には、1センチほどの謎の隙間がある。
普通は、柱にベッタリくっくつ様に塗り壁が続いているんだけど、
あまりの揺れの激しさに、壁と柱が離れてしまったの。
その壁にも、ものすごい亀裂がたくさん入ってた。
あたしが今住んでるマンションも、地震の影響なのか、
コンクリやタイルに亀裂が入ってるし、
建物自体が少し歪んでしまったのか、サッシがピッタリ閉まりきらず、
隙間風が入ってくる。
友達のお家は、玄関のドアが開かなくなったり、
逆に、開いたものの、閉まらなくなったお家がたくさんある。

他にも、子供に覆いかぶさる様にしてなくなった人がたくさんいたという。
当時のあたしは、

「お母さんってすごいなぁ。
 あたしにそんな事が出来るだろうか?」


そんな風に思いながら、ニュースで話を聞いていた。
今、子供を持つ親になって、もっと深くその事を考える様になった。

あのね、めったに地震はないけど、
それでも、地鳴りでめっちゃ震動がバクバク言ってるのと同時に、
とっさに子供に覆いかぶさる自分がいるわ。
自分のお布団、頭にかぶる前に、子供の方に意識が行く。
親になるって、すごい事やねんなぁ。
今は3人いるため、さすがに3人同時にかぶさってやる事が出来ないんだけど、
(お布団も離れてるしね( ̄_ ̄|||) )
それでも、手が届く範囲の子供の上には覆いかぶさっている。
で、何事もなく揺れが収まり、
「か~ちゃん、なにぃ~?」
と、寝ぼけた子供に言われる事もチョクチョク。
でも、これって、生きてるから言ってもらえるんやんね。
「好き(≧∀≦) 」
って抱きついといて、もう1回寝かしつける。

去年の春だったかな?
中国で地震があった時の話。
地震翌日、四つん這いになった格好で遺体が発見されたらしいんだけど、
遺体は建物に圧迫された状態で、救援隊は立ち去ろうとしたんだって。
でも、な~んか気になって、ふと遺体の下の隙間に手を差し入れたんだって。
そしたら、温かいものが手に触れた。
「赤ちゃんが生きてる!!」
救援隊員が叫んで、救出作業が再開。
そしたら、その下から、生後3~4ヵ月くらいの無傷の男の赤ちゃんが、
毛布に巻かれて発見されたんだって。
んでね、救援隊員がお母さんの体を調べてみたら、手に携帯電話が握られてたの。
その画面には、1行のショートメールが残っててんて。


「赤ちゃん、もし生き延びてくれているのなら、
 私があなたを愛していたということを絶対忘れないで…」



すごいと思わん?
体が圧迫されているのに、奇跡を信じて、
赤ちゃんに母親の愛情を言葉にして残してあげたんやで。
もぉな、これ読んだ時、勝手に涙が出てきたで。
この赤ちゃんが大きくなった時、そして、自分が親になった時、
お母さんの愛情がどれだけ深かったのかを、心底感じるんやろうなぁ。
でも、崩れていく家の中で、自分がこれだけの事をしてやれるだろうかって思わん?
それとな、こんな小さい赤ちゃんを残して死んでいった、
お母さんの無念さが、ものすごく悲しいよな。
3~4ヵ月って、あやしたら笑ったりし始める頃やんな?
深夜の授乳もすこ~し落ち着いていて、めっちゃかわいい頃やん?
なのに、前触れもなく、突然お別れになるんやで?
今、自分の子供とそんな事になるのを想像すると、
ホンマ、ゾッとするよな(T-T)

自然の事やから、人間の手では止められんもんがあるんやろうけど、
少しでも、こんな悲しい事が起こらない様になればいいのに。
それと、地震だけじゃなく、事件や事故、その他の理由で、
トラウマを抱えて生きている人。
その苦しみが、少しでも軽くなります様に。
昨日は1年の中でも1番、そう思わずにはいられない日でした。


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コメント
この記事へのコメント
私は一度も大きな地震を経験してませんが、すごい恐怖だったでしょうね・・・。(これも想像するしかないのだけど・・・)

中国での地震でメールを打ったお母さん、どんなにか無念だったことか・・・。一度チラリとニュースで見たのですが・・・記事を読んでまた涙。

金曜日に母から「近所の人が地震雲が出てるって言ってたから気をつけて!」という電話がありました。地震雲と地震の関係ってまだ科学的には証明されてないみたいだけど・・・。
でも、関東もいつ大きな地震があってもおかしくないので、本当に本当に怖いです。

おかんさんの記事読んで、家の家具の気になるところがあるので・・・主人に今日相談してみます。
2009/01/18(日) 05:42:26 | URL | じゅあもんママ #-[ 編集]
そのメール残して亡くなったお母さんの話、涙がとまんないよ・・・
すごいなー

おかんさんも体験したんだ。
昨日よそのブログで まさに神戸にいた人の話を読んだ。家倒壊したらしい。
私は当時神戸に家を建てたばかりの友人がいて、心配したんだけど新築だったので大丈夫で安心した。
私はそのころ長男妊娠中。
住んでるのは関西じゃないしかなり離れてたけど、地鳴りは感じた。

私は洪水を経験したことあって
うちは大したことなかったけど
すぐ近くの人たちは道路をボートで避難してた。
となり町では土砂崩れで亡くなった人もいた。
自然は怖い。
なにかあったとき、そのお母さんのように子供を守れるだろうか
2009/01/18(日) 07:42:10 | URL | 海のいるか #-[ 編集]
読みながら涙がとまりませんでした。
私は当時九州に住んでたんですけど、九州って本当に地震が少ないんですよ。
なので、朝ニュースで見た光景が、現実のものとは思えず、今も目の奥に焼きついてます。
遠くで暮らす私でさえも、地震の恐怖を身近に感じたのですから、経験された方の恐怖・トラウマといったらものすごいものだろうなと思います。
今は地震の多い東京で暮らし、あまりの地震の多さに対策はしてるものの、なれてきてしまってる自分がいました。
でも、やはり体は子供をかばいますね。
母ってそういうものなんですよね。
地震に限らず、子供のためなら自分の命なんて全く惜しくないって思えますもん。
旦那だったら・・・・・・・?ですが。

本当にこのような悲しい出来事が二度と起きないようにと心から願います。
2009/01/18(日) 07:43:28 | URL | aya #yl2HcnkM[ 編集]
震災確かに激しい揺れで家が崩れる!ととっさに思いました。
うちは狭い台所の茶だんすが思いっきり倒れて
すごいことになっていたのを思い出します。

 震災の時は現役保育士(2歳児担当)で、
もし地震が日中で保育時間だったら、
18名の子どもたちを怪我させずに守ってやれるだろうか?

どう自分が動けるんだろうか?とかものすごく怖くなったの思い出します。
 中国のお母さんの子どもを思う気持ち、泣けます。
親が子どもを思う気持ちは何物にも変えられない強さがありますよね。
2009/01/18(日) 09:06:41 | URL | いってきまうす #-[ 編集]
震災でのトラウマを持った方々が少しでも、苦しみが薄れますように…
2009/01/18(日) 09:26:06 | URL | ぶ~ママ #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/01/18(日) 10:35:55 | | #[ 編集]
うん。私も体験したよ。
私は当時はここに引っ越す前の家に住んでたけど(っても今とは同じ町内に引越ししたので番地が変わっただけ)兵庫県に非常に近い場所に居住してるのですごく揺れたよ。

当時は子供は長男が一人だけ。
すっごい揺れで目が覚めたけどダンナは変な感覚で地震が来る前から目を覚まして起きてた。
私は子供とベットに寝ててまず上から落ちてくるものはないと判断。
とりあえず揺れがおさまるまでじっとしたてけどいざ揺れがおさまると今度は怖くて起きれない。
すると両足が悪い母が(同じ長屋の真向かいの1階に住んでた)飛んできてくれた。
「nyon!ゆうくん!まーくん(←ダンナ)大丈夫かっ!!」って。
やはり私も母にとっては子供なんだよね。本当に母の想いって偉大だよ。
それで恐怖心がなくなり玄関に向ったけど電気がつかない。
台所はガス湯沸し器が落ちてるしお皿も散らばってた。
その時は全てのライフラインが止まってたんだよね。

徒歩20秒のお宅は斜めに傾き。
徒歩5分のお宅では倒壊して本当に怖かった。

今は亡き大きいバーちゃんはこの地震で家に住めなくなって娘である母のところに引越しをしてきた。
大きいバーちゃんの妹さんの近隣は避難場所で過ごす羽目に。

ダンナの会社は兵庫県にあって仕事が一切できなくなりその代わり兵庫を拠点としてる取引先の社長さんや従業員の方の遠方に住んでる親戚が伊丹空港に水や食べ物を送ってきてくれたのを私たちが伊丹まで行って車に乗っけて運びました。
それは無残な町を目の当たりにして地震の怖さを改めて痛感しました。
水を入れておくポリ容器がもう手に入らなくなってすっごく困ってるってのを取引先の方々が言ってると聞いてそれをご近所の方々に言うと一生懸命探してくれました。
兵庫県に近いこっち近辺も当然ない。
紙皿・紙コップさえもないんだよ。
でも色々探してくれて本当に数個だけ手に入ったときは感動したな。
人は一人では生きていけない。
困ったときは助け合って生きていかないと・・・って。

その後ダンナの会社での仕事は仮設住宅を建てる方に集中しダンナが過労で倒れるんじゃないかと思うくらい休みなく働いてた。

疎開っての?
被災者の方々が一時、他のお宅に住まわせてもらってる時期があったんだけど。
私は新聞でとある一人の女性が
「数日間の間母親と赤ちゃんと一緒に過ごしたけど母親と赤ちゃんが帰っていった後リビングのガラス戸に小さな手形が残ってるを見つけました。
それはずっとそれをふけずにいます。
いつか消えるだろうけど消えるまでこの小さな手形を見つづけることでしょう。」
って書いてるのを見つけて涙を流してしまいました。
この方だけの記事でなはなく毎日毎日新聞を読んでは泣いていました。


この地震の後から私がやってること。
枕元に靴を置く。
いざ助かっても足元が裸足では怪我をする。
懐中電灯もラジオも大事。
でも私が一番大事やなって思ったのは履物やなってその時に思ったんだよね。

そういや子供の靴を入れ替えておかなければ・・・。

自然災害は怖い。
人間がどうすることもできないけど
それでも何かあったらみんなが協力することで
人はみんな生きていけるし優しくなっていけると思いました。

2009/01/18(日) 15:37:51 | URL | nyon #V5TnqLKM[ 編集]
中国で地震があった時のお話を読んで、泣いてしまいました。

うちは北海道東部の道東で十勝といわれる地域ですが、10年に1回が震度6弱が来ています。 
震度6弱はいつ体験しても、びびります。大きな揺れがおさまらないで長いのです。このままおさまらなければ…、震度7の歴史的な地震になるかもと一瞬 脳裏をよぎったりします。

京都での震度5強のお話しは、読ませていただいて、とてもリアルでしびれました。

自ブログの右カラムにリンク1箇所のほかに、3つの自記事内に「トラウマ」記事あてに リンクを貼らせていただきました。

少しでも多くの方に知っていただきたいと思いました。
2009/01/18(日) 20:28:34 | URL | いの #-[ 編集]
こんばんは!
私も数年前の福岡の地震を経験しました。
震度5くらいで
ウチは被害はなかったんだけど
本当に怖くて
おかんさんのように
少しの揺れにも敏感になって
心臓がバクバク。
ウチのアパートは、横をバスが通るだけで少し揺れるんですよ・・・
なので、今は少し慣れたんですが。

これからもいつ地震が起こってくるか分からないですよね。
その時に子供を守ってやれる自分になりたいです。
おかんさんの記事も
コメントされた方の記事も
とても勉強になりました。
応援♪


2009/01/18(日) 21:47:38 | URL | たこぴー #-[ 編集]
読んでいて涙が止まらなかった。
おかんさんの恐怖体験、中国での地震の話。
他人事のように聞こえるかも知れないけれど怖かっただろうな。
私も昨日「死」を感じる出来事があった。今こうして無事にいられる事を感謝したいです。

おかんさんや震災を受けた方々のトラウマが少しでも軽減されますように。。。
2009/01/18(日) 21:57:27 | URL | ひなっちのママ #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/01/18(日) 21:59:27 | | #[ 編集]
私はずっと関東に住んでいて大きな地震は体験していないから、本当のところは分かってあげられないと思うけど、それでもおかんさんの記事を読んだりテレビで見たりすると本当に心が痛くなります。
中国の方のお話には思わず泣いてしまいました。
でももし災害が起きたら旦那は仕事に行ってしまうので、子供達は私が守らなきゃいけないって日頃から覚悟はしています。
その頼りにならない旦那は地震の直後神戸に行ったんですよー。ボランティアではなくて仕事として手助けに行ったのに、逆に色々助けられたり勇気づけられたりしたみたいです。


2009/01/18(日) 22:00:48 | URL | おかーにゃん #-[ 編集]
お邪魔します
大変な経験をされたのですね。苦しい思いが少しでも晴れてくれること願います。私が住む富山でもその時はしっかり揺れがありました。北陸は地震の少ない地域といわれていますが、常に油断は大敵なんですね。
天災で人命や財産が失われる恐怖から私たちはどうやって身を守っていけばいいのだろうか?私も家族を持って改めて真剣に考えるようになりました。神戸の震災は日本人の平和ボケに鋭い問題提起を示したと私は思っています。
2009/01/18(日) 22:24:42 | URL | ちゃぼるう #-[ 編集]
地震で子供を守って、お母さんが亡くなったというニュースを見たことがあります。
また、この記事をよんで胸が熱くなりました。
あの地震のときは私の実家の香川は震度4で地震がおきる30秒ぐらい前から飼い犬が異常なほど吼えていたのを覚えています。
私が体験した地震で一番、大きかったので今でも鮮明に覚えてます。
子供が出来てから、以前、主人が夜勤をしてた頃、震度3がおこり真横に寝てた子どもに、とっさに覆いかぶさったことがあります。
あの中国の無くなった方は、意識が遠のく中でわが子に残した最後の言葉。
どれだけ無念だったか。。。
みなさんのコメントを読んで地震対策の勉強になりました。




2009/01/18(日) 23:07:15 | URL | kao #-[ 編集]
怖いですね
数年前、私も大きな地震を体験しました。
私の場合は、大きな揺れの前に小刻みな縦揺れの振動を感じました。
幸い、身近な人に命にかかわる被害がなかったのですが、地震全体では多くの方が犠牲になりました。
そして同じ年、大雨で近くの川が氾濫して床上浸水70cmとなりました。
悪いことは重なってやってくるものですね。
お陰様で今は平和な毎日を送っています。
2009/01/19(月) 09:44:25 | URL | 空飛ぶミケ猫 #-[ 編集]
「この子だけは・・・」と思い、
できることをして、亡くなっていった、お母さん。
どんなに無念だったでしょう。
残されたお子さんも、お母さんの愛情を感じて育ってくれることを
願います。

阪神淡路大震災の時は、震度4を経験しました。
なのに地震の備えがほとんどできていないない我が家。
「いつかやろう」と思ってしないままになっています。

きちんとやらないといけませんね。


2009/01/19(月) 12:45:18 | URL | まえっしゅ #-[ 編集]
阪神大震災・・・怖かったですよね(>。<)
私も未だにあの恐怖は忘れられないです。
旦那がいつも遅いので子供二人の間に寝ていて
今!何かあったらどうしよう?ってけっこう常に考えてます。
2009/01/20(火) 00:34:11 | URL | ななこ #-[ 編集]
うちも震度5強のところにいた。
何が起こったか分からなくてそのまま布団から動けなかった。
うちは家にヒビが入る程度で済んだけど、当時、神戸の学校に通ってたの。
3週間ほど日がずれてたら自分もいたかもしれない場所が全壊。
駅も、知っている人たちの家も。
TVで見るのと、実際にそこを歩くのって全然違うね。
1ヶ月過ぎてからでも、本当に恐ろしい。
ほんのちょっと何かが違えば死んでいたかもしれない人、助かっていたかもしれない人・・これを分けるのって何だろうね。

今のうち、耐震強度Cなの。
Aは大丈夫、Bはその半分程度で危険、Cはそれ以下、Dは撤去or即建て替えだそうな。
寝室にはタンスは置いてない。
食器棚や冷蔵庫は突っ張り棒、窓には飛散防止シートを張ってる。
寝室に靴はある。
でも・・
建て替えは始まってるけど、早くとも数年はかかる。
怖い。

阪神大震災では、死者も多かったけど重傷者も1万人以上。
新聞によると、両手や両足の機能を失う、両目とも失明など重度の人だけ受け取れる災害障害見舞金を受け取ってる人は63名。
受け取っていない震災障害者はどれくらいいるのか・・。
あれから14年。
地震は過去の話じゃない。
本当に・・少しでも苦しみが楽になりますように。
2009/01/20(火) 17:10:05 | URL | みい #d1gePFhg[ 編集]
お返事です
体験した人はきっと思うだろうけど、
あの怖さは想像以上だよね。
テレビで言ってたけど、コメント欄にも書いてある様に、靴って大事見たいやね。
スリッパ一つあるだけでも、全然違うって。
あとね、これもテレビで言ってたけど、日本ってすごいってさ。
他の国で同じ事があったら、間違いなく被災地では、
スーパー襲ったりの暴動がおこってるって。
たしかに、大人数が暴れる様なニュースって見てないね。

あの頃、たくさんのボランティアの人が、神戸に入ってった。
友達も行ってたんだけど(大学のサークルで)、
車で途中まで行ったんだけど、高速が倒れてたり、脇道も渋滞で通れなかったりで、
みんな一斉に引き返して、バイクに乗り換えて、荷物は背中に背負ったりして、
神戸まで走ったらしい。
原チャで神戸までって、すごい距離だよね。
ウチは、小包で物資送ったりしてた。
あの頃、郵便局から、送料無料で物資が送れたの。
ニュースで余ってる物と足りないものの差が激しいって聞いてたので、
生理用品とか、紙オムツとか、粉ミルクとか、使い捨ての物を重点的に送ってたよ。
これは友達に聞いたんだけど、
何日か目になってくると、みんなの気が立ってくるんだって。
で、中には、ボランティアに来てる若い子に当たる人もいたらしい。
被災したおっちゃんが、
「お前らは何の被害も出てないからうんぬんかんぬん。
もっと温かい物を食わしてやろうとは思わないのか!
お前らだけ、おいしい物を食べてるんだろう!」って言ったらしい。
でも、言われたその子も、被災者の一人だったの。
自分も被災してたのに、人のためにボランティアに来てたらしい。
なのに、こんな風に言われたら、悲しくなっちゃうよね(T-T)
他に同じような事言われた子がいたらしいんだけど、
見た目、今どきの若い子って感じだったらしいんだけど、
「今どきの若い子は云々カンヌン」って目の前で悪口を言われたらしい。
だけど、周りにいたおばちゃんたちがそれにキレて、
「でも、今は、その若い子たちがあたしらを助けてくれてるんやろ!」って、
おっちゃんを一括したらしい。
どうにもならない若い子がいるのも事実だけど、
その子たちを見て、他の若い子たちもひとくくりにしちゃうような見方は
してほしくなかったなぁって思ったよ。
実際にね、ものすご~くチャラチャラした格好で、金髪の子たちが、
ボランティアで来てたりもしてた。
軍手して、一生懸命お手伝いしてた。
言葉使いだって無茶苦茶だけど、自主的に手伝いに来てくれた子たちだったらしい。
こんな子たちだっているのに、格好で人を判断してほしくないよね。
イライラしてくる気持ちは、すごくよくわかる。
でも、そんな時だから、その人の本質が問われるんじゃないかとも思う。
「俺たちはかわいそうだ」と言うばかりで、何もしかなった人。
「こんちくしょうめ!絶対に元の生活を取り戻してやる!」って、歯を食いしばって頑張った人。
いろんな人が頑張ったから、ビックリする様な短期間で、神戸はあそこまでよみがえった。
ウチの親父も仮設住宅を建てるため、1ヶ月間、住み込みでプレハブを作りに行っていた。
他の県からも、たくさんの人が、神戸の復興のために、駆けつけてきた。
その頃、あたしは配達の仕事をしてたんだけど、
住む所をなくして、親戚を頼って引っ越しをする人が多く、
つぶれた家から持ちだせた物を、宅急便で親せきの家に送っている人が多く、
ものすごく忙しかったんだけど、
その持ち出せた荷物の少なさにビックリもしたし、
受け取りの時に、
「また、神戸に帰れる様になったら、荷物送るし頼むわな」って、
復興を信じる人の姿もあった。

あれから14年。
神戸に住む小学生は全員、あの地震を体験してないんだよね。
でも、たくさんの人が亡くなった事、たくさんの人が力を合わせて頑張った事、
そして、たくさんの人が、見も知らずの人のために力を貸してくれた事を、
周りの大人から、いっぱい聞いて育ってほしいなと思います。
2009/01/25(日) 02:46:13 | URL | おかん #-[ 編集]
おかんさん記事読ませて頂きました。中国の赤ちゃんを守る母親、書き残した事すごくジンときました。
私も涙もろくなった…?
2010/01/19(火) 01:09:36 | URL | #pu.ALKD.[ 編集]
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