おかんのスチャラカ日記

奇跡的に何かをしでかす子供達。 ある意味、天才。 神の領域に達してる?
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まずはありがとうから。

実はね、昨日、またまたブロ友さんと会っておりました。
今回、お会いする事が出来たのは、いってきまうすさん
実はね、お友達にプレゼントするからって、スリングを購入してくれたの。
で、あたしが車で行ける範囲にお住まいと言う事で、(範囲広いよね(笑))
直接私に行ってきちゃったんだもね♪
あいかわらず、フットワークよろしいでっしゃろ?(笑)
某ホームセンターのでっかい駐車場の一番端っこで待ち合わせ。
その場所、車まったく来ず。
なぜ、そんな場所でって?
ウチの子がクモの子散らす様に消えるから。(T△T)
立ち話になってしまったけど、1時間半ほど楽しくお喋り。
いただいたお菓子は、現地で一瞬にして消えてしまったために、
写真撮れず。
いってきまうすさん、今度は子供がいない時に、
ゆっくり座って話しましょう!
いや、ホンマに。(T△T)
あと、お友達にもヨロシク~!
メールいただければ、
いつでもアドバイスさせてもらいますと、お伝えください。
実際に会ってアドバイスする事も可能で~す!
遠慮せずに言ってくださいませませ。(≧▽≦)ゞ
ホンマ、楽しい時間をすごさせていただきました。
ホンマにホンマにありがとね!
んで、スリングのお買い上げ、毎度おおきに。(≧▽≦)ゞ


さてさて、ここからは真面目な記事です。
んで、長いぞ!
だって、1月17日だもん。
関西で育ったからには、この日を忘れちゃいかんと思うのです。

15年前のあの日、まだ実家に住んでいたあたしは、
阪神大震災を体験する事になりました。
京都は震度5強。
始めは、その頃頻繁に起こっていた、震度2~3くらいの横揺れ。
で、一瞬止まったかと思ったその瞬間。
大きな縦揺れが起こり、背中から下に叩きつけられた様な感じになりました。
考えてみてください。
背中がぴったりお布団についているのに、
下に叩きつけられるんです。
想像できますか?
その後、大きな横揺れが始まり、結構な時間揺れていました。
直後に見たテレビには、神戸の被災地がうつっていました。
白黒テレビの様な一面グレーの映像。
その中に、小さく見えるオレンジ色。
煙とホコリで全てのものがグレーになった神戸の街。
そして、その中に上がる炎。
大きな揺れを体験した直後にテレビで見た神戸。
それまで、どこかの国で起きていた大地震の放送を見る時とは、
まったく違います。
だって、ついさっき、自分自身も、その揺れを体験したんだから。
強さは違えども、直前に体験したあの揺れのせいで、
目の前のテレビに広がる世界は色を失い、
多くの命を奪っている。
現在進行形で。
その時の愕然とした気持ち、伝わりますか?
そして、少し落ち着いて、外で立ち話をしていた時、
向こうの方の竹やぶから一斉に笹が鳴り出し、
波の様にドンドンこっちに向かってくる。
「来たっ!」っと思った瞬間、
2回目の大きな揺れが起こり、
恐怖に立っていられなくなり、しゃがみこんだ瞬間、
足元のコンクリの地面にビシビシビシッと亀裂が入った。
あの時の恐怖が、伝わりますか?

縦揺れの前に聞いた、あの地鳴り。
2度目の揺れの前に聞いた、あの地鳴りと笹の波の音。

それ以来、少し離れたところを走るダンプの音や、笹の波の音を聞くと、
恐怖に襲われます。
あの、地鳴りの音によく似ているからです。
震源地から離れた京都で、
しかも、「悩みとかないやろ?」と言われるあたしが、
15年間、地鳴りと笹波のトラウマから逃げ出せずにいます。
あの地震で家族や家を失った方、愛する人、大事な物を失った人、
その人たちの心の中には、
きっと、もっともっと、想像もつかないほどの傷が残っていると思います。

あの頃のテレビで、【崩れ落ちた被災地で、赤ちゃんが生まれました!】
そんなニュースを、何度か目にしました。
その子たちは、もう、15歳です。
15歳以下の子は、もうあの揺れを知らないのです。
でもね、知ってほしい。
あのグレーの街の中で、みんなが必死に君達を守った事を。
君達の誕生が、みんなに力を与えた事を。

そして、同じくらい知って欲しい。
あの倒れた高速道路のために、車で被災地入りが出来ない人たちが、
自転車やバイクに乗り換え、神戸に向かい、金銭をもらうでもなく、
困った人たちのために、ピストン輸送をして、助けてくれた事を。
現地に行けない人が、全国各地から、小包で救援物資を送ってくれた事を。
ありえんほどの急ピッチで、被災者住宅が建てられた事を。
実家父も、あの被災地に1ヶ月間住み込みで、住宅を建てに行ってました。
危ないのは百も承知。
でも、それでも行かなくちゃと思うほど、その場所の人たちは困っていたんです。

よその国では、こういう事態になると、暴動が起きまくるのに、
神戸の町では、暴動も起きず、みんなが助け合っている。
何てすごいんだっ!と、外国の方が、報道を見て言ったそうです。
本当に困った事になった時に、その人の本質は出ると思います。
イライラをボランティアの若い子にぶつける人。
潰れてしまった自分の店を、何とか建て直そうと、
路上で壊れずにすんだもので商売を再開させる人。
自分達も被災したのに、他の被災者の方のお世話をする人。
みるからにパンクファッションの子が、ボランティアで来て、
一生懸命、自分の出来る事をやっていた。
1度も会った事ない、1度も神戸に行った事ない人が、
お米やら、トイレットペーパーやら、紙おむつやら、ナプキンやら、
赤ちゃんの粉ミルクやら・・・・・。
必要だと思うものを、でっかい箱に詰め込んで、せっせと小包で送った。

人間は、赤の他人のために、ここまでできるんだと感心した。
人間、すごいよ。

まだ生まれてなかった君達。
知ってください。
あの時の、みんなの頑張りがあったからこそ、
今の君達がいるのだという事を。

あの震災を、テレビでしか知らない人たち。
知ってください。
あの大きな揺れの中、どれだけの恐怖が体に染み付いたのか。
そして、同時に知ってください。
人間、捨てたもんじゃないよって事を。


今、ウチの家には、大きなタンスがありません。
全て、押入れ収納のケースに入れ、クローゼットの中に収納されています。
クローゼットは押入れよりも戸がはずれにくいため、
若干の時間稼ぎになるはずです。
そして、寝室には、一切、物が置いてありません。
寝ている時にいきなり揺れたら、どうしようもないからです。
寝室の押入れの中には、お布団しか入っていません。
しかも、子供の寝る場所は、最悪、戸が外れて布団がなだれたとしても、
子供の上には乗っからない場所しています。
そして、子供達には、ウチのマンションの構造上、
もしかしたら、この階は潰れてしまうかもしれないと言う事、
その際、避難路が確保できるとしたら、
寝室に隣接しているベランダになるだろうと言う事。
だから、玄関が開かないとわかったら、机の下ではなく、
靴を持って、寝室のど真ん中に逃げ、布団をかぶる事と言ってある。

もしあたしが、唯一、子供以外で持ち出せるものがあるとしたら、
外付けディスクを持っていくだろう。
これには、子供達の写真が全て入っている。
これさえ持ち出せば、この子達の成長を残してやる事が出来る。
振り返られる過去があると言うのは、すごく大事だと思う。
ウチの旦那には、小さい頃の写真がほとんどとない。
水害にあって、家が水につかってしまい、
本棚ひっくり返して船にし、逃げたそうな。
旦那自身は、その頃、すでに家を出て、東京に住んでいたので、
その被害を実際に体験してはいないのだけど、
旦那の弟からそう聞いた。
その際、アルバム等、昔の記録が全てなくなってしまったらしい。
ほんの数枚だけが、写真同士張り付いた状態で残ったそうな。
なので、旦那の赤ちゃんの頃を見る事は出来ないし、
同じ様に、成長途中の姿も、ほとんど知らない。
ウチの子たちは、あたしの赤ちゃんの頃や小さい頃の写真を見て、
昔の話やら、親がどうして大きくなってきたかを感じ取っている。
そしてあたしも、どうやって自分が育ててもらってきたのかを、
写真を見て感じ取っている。
歳を取れば取るほど、小さい頃の写真のありがたみを実感する。
なので、子供達の記録は、何としても残してやりたいと思ってる。
最悪、このブログが子供達の成長過程を残してくれてるので、
成長途中からではあるけど、大事にしていきたいと思っている。


みなさん、今日くらいは考えてきてください。
もし、10分後に、あの大地震が自分の身に起きたらどうしますか?
何を持ち出し、どのルートで逃げますか?
その際、何が必要だと思いますか?
3ヵ月後に、あの地震が来るとしたら、どうしますか?
部屋の中を見てみてください。
大きな家具が倒れてきませんか?
今、あの地震が来たら、子供達にどこに逃げろと叫びますか?

非常持ち出しの食料とかって、期限が切れて中身を出したっきり、
補充するのを忘れてたりとか、すると思うんです。
でも、子供達に説明した事に、消費期限はありません。
家具の配置や壁留めをする事に、再度入れ替えはありません。
簡単な事だけでも、ちょっと意識してやって見ませんか?
食べ物とか、色々苦労はあるだろうけどは、生きてさえいれば、何とかなります!
まずは、死なないために何をすればいいかを考えてみませんか?


去年のこの時期に、『 トラウマ 』という記事を書いています。
今回と重複しているところもありますが、
お時間がある様なら、読んでもらえると嬉しいです。

ではでは。


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コメント
この記事へのコメント
ワタシも数年前、
震度5の地震(福岡西方沖地震)を体験しました。
ホント、怖かった・・・
今でもやはり、家がきしむ音がするとビクッとします。
震度5でもこうなのだから、
神戸の方々はどれほど恐ろしかったことか・・・
ワタシたちにできることは、
この体験を後世に語り継いで、
災害に備えていくよう導くこと・・・だよね。
おかんさんの記事で、改めてそれを感じました。
ありがとう<(_ _)>
2010/01/17(日) 01:21:09 | URL | 追っかけ母 #JPa7q7fM[ 編集]
私も忘れられへんわ。
あの日の朝、TVをつけてうつった瓦礫の白黒の映像。
地震の時は私はいつも勝手に数秒前に目が覚めるんやけど
あの日も同じやった。
でも関東育ちの私にとって大阪の震度4って言うのは、それほど
恐怖を覚えるものではなかった。
ただいつもは横揺れなのに寝ているのに上に飛び跳ねるように
揺れた事にかなりビックリしたのを覚えてる。
私の大学の友人の半分は神戸の子。
起きてきてしばらくそのTVの中の瓦礫の山を呆然と眺めていて
事の大きさに気付いて慌てて皆に電話をしまくるも一本も通じない。
部活の主務をしていたから後輩にも電話をかけまくるもホンマに
誰にも通じない。
泣きそうになったわ。
ってか、電話しながら泣いた。
公衆電話の方がつながる確立が高いと聞いて公衆電話に行って
何時間も掛けてみたけどやっぱりつながらなくて全員の安否を
確認できたのは夜中の11時やった。
ウチにも寝室は勿論、他の部屋にも高い家具は一つも無いで。
関東やし、地震が怖くて結婚する時に背の高い家具は買わんかった。
写真って大きくなってから一番親の愛情を感じるよな。
ウチもおかんさんみたいにいざと言う時に持ち出せるように
ちゃんと整理しとかなあかんわ。
私も一生忘れへん。
身近な人で亡くなった人は確かにいないけど、その後就活で行った
神戸のブルーシートのかかった家々も忘れられへん。
忘れたらあかんし、伝えていかなあかんよね。
長々ごめんね。



2010/01/17(日) 01:39:11 | URL | ちぃまみ #-[ 編集]
おかんさん、伝わりました!
貴重な体験を聞かせていただいてありがとうございました。
おかんさんの記事を読んで、
悲しい別れもあり、恐怖を残した震災ですが、力強い復興を果たした生命力の強さを感じました。
この教訓を、次の世代に伝えていくのが大人の役目ですね・・・」

2010/01/17(日) 02:02:17 | URL | いきなり団子 #-[ 編集]
関東も地震が多いので、私もちょっとした揺れでも
(ダンプが通ったりでも)身構えてしまいます。
夜中に揺れると、すぐ子供部屋に駆け込みます。

家が狭くて家具の配置には悩みますが、
頭の上にだけは置かないようにしています。
(足元にはちょこっとありますが・・・)
持ち出しグッズは、毎年防災の日がある
9月に見直しをしています。

本当に、忘れちゃいけませんね。
2010/01/17(日) 09:43:53 | URL | みーちゃんママ #-[ 編集]
哲老です。元気です。
15年前私は兵庫で元気でいましたよ。
2010/01/17(日) 14:49:45 | URL | 哲老 #42cOT2Xg[ 編集]
ブログにも書いたんですけど、当時私が暮らしてた九州は本当に地震が少ないんです。
だから、テレビに映し出された映像が実際におこっているものとは思えなかったのを覚えてます。
突然命を奪われた人、大切な人を奪われた人、どれだけ無念だったでしょうね。

九州から地震の多い関東に移り住み、やっと地震の恐怖心がわかるようになってきました。
勿論実際にあの震災を経験された方にしてみれば比べ物にならないと思いますが。

昨日ドラマを見ながらますます考えさせられました。
とにかく子供達は守りたいし、子供達を守るために私か旦那のどちらかは生き延びなくてはならないと思ってます。

毎年おかんさんがこうやって伝えてくださるのが本当にありがたいです。
忘れてはいけませんよね、絶対に。
2010/01/17(日) 15:23:45 | URL | aya #-[ 編集]
忘れたらアカン
初めまして。
私も震災体験しました。
15歳、高校一年生でした。
当時大阪北部に住んでたから、豊中市の活断層が近く、かなり大きな揺れやったんを覚えています。
私もかなり長いこと飛行機の音が地鳴りと似ていたので、怖かったなぁ…
大切な事を沢山書いてはりますね。素晴らしいです。来て良かったです。
また、来ますね。
ありがとうございました。
2010/01/17(日) 20:40:23 | URL | chika #-[ 編集]
私は経験していないけれど15年経った今でも、あのニュースで見たグニャリと曲がった高速道路や壊滅した町の状態を覚えています。
偽善者のように思われてしまうかもしれないけれど、毎年追悼式が行われている映像を見ると涙が止まりません。
ココロの傷も癒えるものでは無いでしょうが、決して忘れてはならない事ですね。

変な文章だったらゴメンなさい。。。
2010/01/17(日) 22:09:38 | URL | ひなっちのママ #-[ 編集]
アレから。。。15年なんだよね;
もの凄い縦揺れから横揺れになって
ベットからおっこちて。。。
ワケが分かんなくってパニックになったよ;
交通機関はめちゃくちゃで
会社にも行けず 部屋にこもって
ニュースを見てた
1時間単位で死亡者が100人増えていく・・・
号泣しながらテレビを見てた;

わたしも・・・
生まれた時の写真等全て無いの。

震災とかではないだけどね・・・
22歳の頃に全て無くしてしまったから
ゆぅに かーちゃんの赤ちゃんの頃や
若かりし頃wの写真を見せてあげれない;
勿論 ダンナ君にも(お
だから ゆぅの成長記はいっぱい撮っておきたいんだ(*^-^*)
わたしもブログを続けているのは
ゆぅの成長記を沢山残したいから・・・

まぁ~全てがゆぅのコトを書いている訳じゃないけどねw

おかんさんのブログを何度も読み返し・・・胸が熱くなったよ
2010/01/17(日) 23:51:59 | URL | Chako #57/sxb6I[ 編集]
15年前。
大阪北部で震度4を経験しました。

熟睡していた時間なのですが、
「ドン」という大きな音で目が覚めて、後は怖くて叫んでいたということしか、覚えていません。

テレビで見た神戸の街、
線路は曲がり、駅舎は崩れ、ビルや、阪神高速道路が倒壊。
遊びに行ったことのある神戸の街が・・・信じられない光景でした。

本当に忘れてはいけないことです。
おかんさん、伝えてくれて
ありがとうございます。
2010/01/18(月) 22:36:52 | URL | まえっしゅ #-[ 編集]
ブログ記事で震災の詳細を伝えて頂き今までテレビの映像、新聞記事でしかわからなかった事がわかりました。
おかんさんありがとう。
もう15年なのですね。
映像すら見た事もない若い世代もいるんですね。
私の住まいは東北で震災の影響はなかったのですが自分が住んでる地域であの大震災が起きたらと思うとひと事ではないと思います。6,000人もの尊い命を失い地元の方々、身内方々におきましては悲しい辛い思いをされたと思います。
また犠牲になられた方々の死を無駄にする事なくその後地震に対しての対策、建築構造が見直された事と思います。
これからも次の世代に伝えて頂ける事願います。

最後に余談ですが昨日17日早朝に我が家に事件がありました。
ご興味あるようでしたら当日の記事をチラ見して下され。

ではでは……災害は我が身と思い教訓に。
2010/01/19(火) 00:44:50 | URL | しんのすけ #pu.ALKD.[ 編集]
はじめまして
前からちょこっと遊びに来てましたが、コメントは初めてです。
あの日からもう15年なんですね。あの時は朝テレビを点けて目に飛び込んできた光景に愕然としたのを今でもハッキリと覚えてます。
実は私も震災経験しました。新潟なので、2回。。
2回目は震源地でしたので今でも地鳴りとかに敏感ですし、夜中に何度も目が覚めてしまいます。けれど、負けずに前進しなくてはいけませんよね!助けてくれた人たちの為にも。
守るべき子供の為にも!
あの日を忘れずに、明日からもまた頑張ります(^-^)
2010/01/19(火) 18:18:21 | URL | きらり #-[ 編集]
追っかけ母さんへ
> ワタシも数年前、
> 震度5の地震(福岡西方沖地震)を体験しました。
> ホント、怖かった・・・
> 今でもやはり、家がきしむ音がするとビクッとします。
> 震度5でもこうなのだから、
> 神戸の方々はどれほど恐ろしかったことか・・・

1年位前に、地震体験施設で、震度7を経験してきたんだけど、
体が覚えてるんやろうね。
一瞬にして、頭が真っ白になったよ。
来るってわかってても、その状態になるんやし、
ホンマに来た時はどうなるんやろうって思うわ。

> ワタシたちにできることは、
> この体験を後世に語り継いで、
> 災害に備えていくよう導くこと・・・だよね。

そう。
何よりも、「地震は怖いものなんだ」とわかってもらうのが大事だと思う。
子供達、防災訓練でしかしらんし。
弱い揺れの時なんかは、楽しんでる感じがあるもん。
怖さがわかってないわ(;-ω-) =3
2010/01/21(木) 14:54:18 | URL | おかん #-[ 編集]
ちぃまみさんへ
> 私も忘れられへんわ。
> あの日の朝、TVをつけてうつった瓦礫の白黒の映像。
> 地震の時は私はいつも勝手に数秒前に目が覚めるんやけど
> あの日も同じやった。

そうやねん。
不思議なもんで、来る前って、目が覚めてたり、
いつもより寝が浅かったりするんよね。
人間の中に、そういうのを予知する力があるんかも知れんなぁ。

> ただいつもは横揺れなのに寝ているのに上に飛び跳ねるように
> 揺れた事にかなりビックリしたのを覚えてる。

縦揺れって、横揺れとは全然違う怖さがあるよな。
無抵抗になるよな。

> 私の大学の友人の半分は神戸の子。
> 起きてきてしばらくそのTVの中の瓦礫の山を呆然と眺めていて
> 事の大きさに気付いて慌てて皆に電話をしまくるも一本も通じない。
> 部活の主務をしていたから後輩にも電話をかけまくるもホンマに
> 誰にも通じない。
> 泣きそうになったわ。
> ってか、電話しながら泣いた。
> 公衆電話の方がつながる確立が高いと聞いて公衆電話に行って
> 何時間も掛けてみたけどやっぱりつながらなくて全員の安否を
> 確認できたのは夜中の11時やった。

ウチも、その頃の彼氏が連絡が付かなくて、
同じ様に、公衆電話の方がつながりやすいって聞いて、
電話したんだけど、
向こうの回線があかんようになってたみたいで、
ポケベルに連絡入れたわ~。
3日間、連絡が付かんかってん。
その間、心臓止まりそうやったわ。(T△T)

> 写真って大きくなってから一番親の愛情を感じるよな。
> ウチもおかんさんみたいにいざと言う時に持ち出せるように
> ちゃんと整理しとかなあかんわ。

ブログやってると、写真の数が尋常じゃない事ない?
これを整理するのも大変よな。
ウチ、念のために、外付けに落としたものを、
さらにDVDにも焼いてる。
さすが、A型!(笑)

> 私も一生忘れへん。
> 身近な人で亡くなった人は確かにいないけど、その後就活で行った
> 神戸のブルーシートのかかった家々も忘れられへん。
> 忘れたらあかんし、伝えていかなあかんよね。

うんうん、忘れたらアカンよな。
すごく短期間で、再建していったやん?
あれ、ニュースで関西人だからできたんやっていってたわ。
すごいよな。
2010/01/21(木) 15:01:21 | URL | おかん #-[ 編集]
いきなり団子さんへ
> おかんさん、伝わりました!
> 貴重な体験を聞かせていただいてありがとうございました。
> おかんさんの記事を読んで、
> 悲しい別れもあり、恐怖を残した震災ですが、力強い復興を果たした生命力の強さを感じました。
> この教訓を、次の世代に伝えていくのが大人の役目ですね・・・」

ホンマ、人間の生命力ってすごいなって思ったよ。
で、同時に、人間の命って、自分の意思とは無関係に
終わってしまう事もあるんやなって思った。
命は大事にせんといかんよな。
自分の後ろを振り返った時に、後悔がない様に生きていかんとあかんよなって。
地震の怖さと、命の重さの両方を、伝えていけるとええよな。
2010/01/21(木) 15:04:51 | URL | おかん #-[ 編集]
みーちゃんママさんへ
> 関東も地震が多いので、私もちょっとした揺れでも
> (ダンプが通ったりでも)身構えてしまいます。
> 夜中に揺れると、すぐ子供部屋に駆け込みます。

あたし、2年間、東京に住んでてんけど、
実はその間、地震にあってないのよ。
不思議やろ?

> 家が狭くて家具の配置には悩みますが、
> 頭の上にだけは置かないようにしています。
> (足元にはちょこっとありますが・・・)

家具、大きな地震では、倒れるだけじゃなく、
飛ぶって知ってた?
すんごく離れたとこまで飛ぶ事もあるみたい。
ウチの友達は、パソコンが寝てた枕ギリギリのとこまで飛んできたらしい。
怖すぎる。(((;゚゚;Д;゚゚)))

> 持ち出しグッズは、毎年防災の日がある
> 9月に見直しをしています。

さすが!!
いつも準備しとかねばって思うんだけど、置くとこに困るのよ。
手が届くとこがいいんだろうけど、子供にいたずらされてもなぁ。(ー"ー )
車の中に積んでおくにしても、ウチ、マンションの1階が駐車場なの。
もしマンションが潰れる事があるとしたら、まちがいなく車はアウト。
アウトになるかもしれない車に積んどくのもね・・・。
とりあえずは、物より命優先で、子供達に話していこうと思ってる。
2010/01/21(木) 15:09:59 | URL | おかん #-[ 編集]
哲老さんへ
> 哲老です。元気です。
> 15年前私は兵庫で元気でいましたよ。

お元気で何より(≧▽≦)
15年前も、哲老さんの元気に、励まされていた人がいらっしゃるかもしれませんね。
これからも、お体を大切に、元気ハツラツでいてくださいね。
2010/01/21(木) 15:11:46 | URL | おかん #-[ 編集]
ayaさんへ
> ブログにも書いたんですけど、当時私が暮らしてた九州は本当に地震が少ないんです。
> だから、テレビに映し出された映像が実際におこっているものとは思えなかったのを覚えてます。

あたしも、始めに見た時は、それが現地中継だとはわかりませんでした。
映画のワンシーンみたいでしたから。

> 突然命を奪われた人、大切な人を奪われた人、どれだけ無念だったでしょうね。

自分が親だからか、思うのはやっぱり、子供を残していく無念さですよね。
自分がウチの3人を残して死ぬなんて考えたら、やりきれなくなります。
でも、子供を抱えて、守る様に亡くなってた人、たくさんいらっしゃるんです。
命をかけて守りたかったものなんですよね。
出来れば、一緒に生きていって欲しかったです。

> 昨日ドラマを見ながらますます考えさせられました。
> とにかく子供達は守りたいし、子供達を守るために私か旦那のどちらかは生き延びなくてはならないと思ってます。

そう。
生きてナンボです!
どんな事しても、生きる事が大事。
生きて存在している事が、子供達を守る事と同じだと思ってる。
生きる事が、一番簡単で一番難しい事だよね。
重さを思い知らされるよな。
2010/01/21(木) 15:21:52 | URL | おかん #-[ 編集]
chikaさんへ
> 初めまして。

はじめまして~!

> 私も震災体験しました。
> 15歳、高校一年生でした。
> 当時大阪北部に住んでたから、豊中市の活断層が近く、かなり大きな揺れやったんを覚えています。

活断層の近くだったんですか∑( ̄口 ̄|||)
縦揺れ、すごかったんじゃないですか?

> 私もかなり長いこと飛行機の音が地鳴りと似ていたので、怖かったなぁ…

あたしは飛行機に乗る機会がないのですが、
言われてみれば、似てるかもしれません。
あの、下から響くみたいなゴゴゴって音ですよね?
あの音をきくと、体中の血の気が引きますよね。

> 大切な事を沢山書いてはりますね。素晴らしいです。来て良かったです。
> また、来ますね。
> ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございます。
また、遊びに来てくださいね~!!
2010/01/21(木) 15:24:46 | URL | おかん #-[ 編集]
ひなっちのママさんへ
> 私は経験していないけれど15年経った今でも、あのニュースで見たグニャリと曲がった高速道路や壊滅した町の状態を覚えています。

そう、あの高速道路を見た時は、「はぁ?∑( ̄口 ̄|||) 」って思ったもん。
ウルトラマンとかのセットみたいに、あんなに簡単に倒れるの?って思った。
それだけ、大きな地震だったんだろうね。
あの高速でギリギリぶら下がって助かった車あったやん?
あの運転手さんが持ってたお守り、「落ちないお守り」って、受験生に人気なんだって。
ウチから近いお寺のもので、この時期、すんごい売り上げみたいだよ。

> 偽善者のように思われてしまうかもしれないけれど、毎年追悼式が行われている映像を見ると涙が止まりません。
> ココロの傷も癒えるものでは無いでしょうが、決して忘れてはならない事ですね。

う~ん。
あたしはこう考えてる。
負った痛みを癒すってのは、いつか忘れていくものではなくて、
いつか、一緒に抱えて歩ける様な強さを身につけていく事なんだと思う。
アレがあったからこそって思える様になる事なんだろうね。
いろんな悲しい事があるけど、何一つ、無駄なものはないんだよね。
2010/01/21(木) 15:29:56 | URL | おかん #-[ 編集]
chakoさんへ
> アレから。。。15年なんだよね;
> もの凄い縦揺れから横揺れになって
> ベットからおっこちて。。。

落ちると思うわ。
あたし、床に敷いてたし大丈夫だったけど、
ベッドだったら、まちがいなく落ちてると思う!

> ワケが分かんなくってパニックになったよ;
> 交通機関はめちゃくちゃで
> 会社にも行けず 部屋にこもって
> ニュースを見てた

あたしは、ちょうどその頃、運送屋の仕事してたの。
軽トラに乗って、荷物の配達。
9時から仕事だったんだけど、常に、今揺れたらどうしようって思いながら運転してた。
で、それの1週間後に時代劇の撮影。
江戸時代のセットに着物着て。
今死んだら、あたしはどこの時代の人やろ思われるんやろうって、
不思議な事考えてたわ。

> 1時間単位で死亡者が100人増えていく・・・
> 号泣しながらテレビを見てた;

途中から、数の感覚がおかしくなっていかんかった?
でも、学校が始まった時に、教室の中に何人の空席があるんだろうって考えたら、
いきなり現実味が増して、ぞっとしたのを覚えてる。

> わたしも・・・
> 生まれた時の写真等全て無いの。
> 震災とかではないだけどね・・・
> 22歳の頃に全て無くしてしまったから
> ゆぅに かーちゃんの赤ちゃんの頃や
> 若かりし頃wの写真を見せてあげれない;
> 勿論 ダンナ君にも(お

あたしもね、そんなにいっぱいは持ってないの。
なんせ、実家のか~ちゃんが無頓着な人で、
写真を撮ったわいいけど、アルバムとかに入れないもんだから、
袋に入ったまま、点在しててね。
度重なる引っ越して、かなりの枚数がなくなっていったみたい。
なので、がっぽり抜けてるところもあるんよ。

> だから ゆぅの成長記はいっぱい撮っておきたいんだ(*^-^*)
> わたしもブログを続けているのは
> ゆぅの成長記を沢山残したいから・・・
> まぁ~全てがゆぅのコトを書いている訳じゃないけどねw

あたしも、3人が生まれた時、生後1年までは、育児日記つけててん。
なので、ミルクの量やら、回数やらタイミングやら、
それを見たら全てわかる。
でも、大きくなってくると、そういう細かい事じゃない事の方が多くて。
友達に勧められて始めたブログだけど、
やってよかったなぁって思ってる。
こどもらも、たまによろこんで、このブログ読んでるし、
旦那までもがチェックしてるしね。(笑)
2010/01/21(木) 15:38:22 | URL | おかん #-[ 編集]
まえっしゅさんへ
> 15年前。
> 大阪北部で震度4を経験しました。
> 熟睡していた時間なのですが、
> 「ドン」という大きな音で目が覚めて、後は怖くて叫んでいたということしか、覚えていません。

そう、「ドン!」だった。
家具とかが揺れて音がするならわかるんだけど、
地震自体が、あんな音をさせると言う事、あの時始めて知ったわ。

> テレビで見た神戸の街、
> 線路は曲がり、駅舎は崩れ、ビルや、阪神高速道路が倒壊。
> 遊びに行ったことのある神戸の街が・・・信じられない光景でした。

うん。
ミニチュアのセットのようだったよね。
あれが、現物の神戸だって自分の中で納得するのに、
時間がいったもん。

> 本当に忘れてはいけないことです。

地震の怖さ、命の重さ、伝えていけるといいですよね。
2010/01/21(木) 15:41:36 | URL | おかん #-[ 編集]
しんのすけさんへ
> ブログ記事で震災の詳細を伝えて頂き今までテレビの映像、新聞記事でしかわからなかった事がわかりました。
> おかんさんありがとう。

いえ、こちらこそ、読んでもらってうれしいです。
テレビを通してみると、どこか、ドラマの様な、作り物の様に感じてしまうんですよね。
こういう体験って、本当に体験した人に、目の前で話してもらってこそ、
その怖さとかが伝わるんだと思います。

> もう15年なのですね。
> 映像すら見た事もない若い世代もいるんですね。

中学3年生以下の子は、もう、震災後の生まれになるんです。
15年って、早いもんなんですね。

> 私の住まいは東北で震災の影響はなかったのですが自分が住んでる地域であの大震災が起きたらと思うとひと事ではないと思います。6,000人もの尊い命を失い地元の方々、身内方々におきましては悲しい辛い思いをされたと思います。

小学校で、自分のクラスに空席がいくつもあったところもあるそうで、
胸が締め付けられる思いです。
自分が母になって、その事の重大さが、あの頃よりもよくわかるようになりました。

> また犠牲になられた方々の死を無駄にする事なくその後地震に対しての対策、建築構造が見直された事と思います。

アレをきっかけに、かわらの建物が、グッと少なくなりましたね。
上が重い分、潰れやすいと言う事らしいのですが。
耐震金具の取り付けも、多くなってるみたいですね。
確定申告の時、損害保険の控除がなくなり、地震保険控除になったと言う事も、
そのくらい、地震について、認識が変わってきたのかなって感じます。
2010/01/21(木) 15:48:08 | URL | おかん #-[ 編集]
きらりさんへ
> 前からちょこっと遊びに来てましたが、コメントは初めてです。

はじめまして!
コメントありがとうございます!

> あの日からもう15年なんですね。あの時は朝テレビを点けて目に飛び込んできた光景に愕然としたのを今でもハッキリと覚えてます。
> 実は私も震災経験しました。新潟なので、2回。。

2回っ!∑( ̄口 ̄|||)
想像もつきません。
1度目の恐怖を残したまま、2回目を経験するんですよね。
怖すぎます!!

> 2回目は震源地でしたので今でも地鳴りとかに敏感ですし、夜中に何度も目が覚めてしまいます。けれど、負けずに前進しなくてはいけませんよね!助けてくれた人たちの為にも。
> 守るべき子供の為にも!

そうです!
あの事があったから、違う角度からものを見つめたり、
人の温かさを感じ取れたり出来る様になったとこもあると思うんです。
あの事は、恐怖だけではなく、きっと、前に進む勇気も教えてくれたんだと思います。
何事にも無駄はない。
1歩1歩、ゆっくりでもいいから、前に進んでいきたいですよね。
2010/01/21(木) 15:52:41 | URL | おかん #-[ 編集]
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